Interview
#33

仕事をしながらダンサーとして活躍
二本の柱があるからこそ
模索できる自分らしさ

呉本 磨衣さんMAI KUREMOTO

ダンサー
「Amijed」ブランドディレクター

1990年生まれ、東京都文京区出身。慶應義塾大学文学部卒業。中学生の頃に部活でダンスに出会うものの、大学卒業と共に中断。新卒で勤めたIT系企業を十ヶ月で退職し、ジュエリーブランド「Amijed」に参画。現在はディレクターとして世界各地からの買い付けや企画に携わる。転職と同時期に、PerfumeやBABYMETALなどの演出振付師MIKIKOさん率いるダンスカンパニー「ELEVENPLAY」のオーディションを受け合格。およそ10年にわたって所属ダンサーとしても活躍している。
https://elevenplay.net/member2022/mai-kuremoto

ライフスタイルや、家族のあり方が多様化している現代、自分らしく生きるために必要なことはなんでしょうか? 呉本磨衣さんは、普段はジュエリーブランドのディレクターとして働きながらダンサーとしても活躍しています。また、ステイホーム期間中に二人の友人とルームシェアをしたことで、家族観やくらしに対する新しい発見があったそう。唯一無二のキャリアを築く呉本さんにお話を伺うと、くらしを楽しむためのたくさんのヒントが見えてきました。

IT系企業から
ジュエリーの世界に

「新卒で入社した会社を、十ヶ月で辞めてしまったんです(笑)。IT系企業だったんですが、ある日ふと『この仕事、十年後はAIがやっているかもしれない』と思ってしまいました。お客さまの顔が見えず、自分の個性も出しづらくて」

そんな時、知人に誘われて参画したのが、現在ディレクターを務めるジュエリーブランド「Amijed」でした。イタリア、フランス、メキシコ、タイなど、世界各地のキリスト教会の〝メダイ〟(聖人・聖女などが彫られたメダル)を組み合わせたチャームネックレスを提案するブランドで、呉本さんは現在、買い付けや企画、店舗運営に携わっています。

「わたしは直感的に良いものを見つけるのが得意だったようで、この仕事は合っていると思います。自分からどんどん提案すると『いいね』『やってみる?』と、裁量を与えていただける環境でした。自分の提案が『Amijed』の成長につながっているのがわかるから、やりがいを持って続けられているのかもしれません」

呉本 磨衣さんイメージ
呉本 磨衣さんイメージ

ダンスと
再びの出会い

大胆な転職の決行と同時期に、呉本さんが出会ったもう一つの世界がダンスです。もともと中学生の時に部活でダンスを始め、スクールに通うほどのめり込んでいました。

「大学生の時もダンスサークルに入ったのですが、卒業とともに一旦お休みしていました。でも、友人に誘われてダンスカンパニー『ELEVENPLAY』の公演を見に行ったら、ものすごくカッコ良くて」

これまで見たことがなかったジャンルで、衝撃を受けたと言います。ちょうどオーディションの知らせがあり、もう一度自分の表現を追求したいとチャレンジしたところ、見事合格。

「私がそれまで親しんでいたヒップホップ、ソウル、ロックなどのダンスは、海外にルーツを持っています。ダンスは好きだったけど、日本人である自分の体の動きと100%マッチするような踊りには出会えたことがなかった。でも、主宰するMIKIKOさんは日本人の女性の体型に合うスタイルを追求されていて、ダンスというものへの価値観がガラリと変わるくらい衝撃的でした」

呉本 磨衣さんイメージ
呉本 磨衣さんイメージ

人生に欠かせない
二つの柱

人生は一度きりなのだから、という思いで立て続けに大胆な決断を下した呉本さん。ジュエリーの仕事とダンスという二つの柱は、今の彼女のくらしを織りなす大切な要素になっています。

収入の基盤はAmijedでの仕事で、ダンサーとしての収入は出演する公演ごとの歩合制。仕事が終わると夜からダンスのレッスンが始まり、その頻度は週に大体3、4回ほど。当初は時間のやりくりに苦戦し、ブランドのポップアップ開催で地方に行った際、レッスンのため新幹線で東京に戻り、また新幹線で戻るという力技に出たこともありました。

「周囲のダンサーたちからは、ダンス一本に絞る覚悟を決めなよ、という空気を感じたこともありました。でも、私は、仕事とダンスの両方があるからこそ自分の人生はバランスが取れると思っています。買い付けやお店の運営の仕事には、デザインに対する美的感覚など、ダンスの練習では培えないものがありますから」

悩んでいた頃、MIKIKOさんに「やれるだけやってみなよ。できなくなったらやめればいいじゃん」と背中を押してもらったこともあったそう。

「今では、仕事で使う脳と、ダンスで使う脳の両方が良い相乗効果を生み出すことができていると思います。両立に自信がついてきました」

呉本 磨衣さんイメージ

コロナ禍で出会った、
シェアするくらし

忙しい日々の中で気をつけているのは、表現者として欠かせない体のメンテナンスです。

30代になって疲れやすくなったり、むくみやすくなったりと、体の変化を大きく感じるようになりました。今は、自分の体と向き合うことが大切なテーマになっています。体の調子がいいと心までポジティブになれるので、体と心って本当に繋がっているんだな、と思いました」

コロナ禍のステイホーム期間中にできた時間を使っていろいろなケア方法を試し、よもぎ蒸しや岩盤浴、サウナといった「温活」が体に合うことを発見したそう。また、同じ時期に従来のくらしの価値観が変わる出来事も経験しました。

「ちょうど2020年の1月から2年間、コロナ禍にかかる期間に二人の友人とルームシェアしたんです。その時、不安に思うことを話し合ったり、アドバイスしあったり、得意なことと苦手なことを補い合う、というシェアするくらしの魅力に出会いました」
現在、一人は結婚、もう一人はアーティストになる夢を追いかけて共同生活から卒業。二人が出て行った家にパートナーと共に住んでいますが、「シェアするくらしを継続している感覚が強い」とか。

「一部屋持て余しちゃってるので、ルームシェア希望者募集中です(笑)。もしかしたら、パートナーとの共通の知人が入居するかも、という話もあります。恋人と同棲してから結婚、みたいな、いわゆる従来の家族観はあまり気にならないんです。結婚という制度にもあまり惹かれなくて……時代も変わっていますし、それぞれが自立していて、自由で、自分らしくいられるあり方を模索してみたいです」

呉本 磨衣さんイメージ

体験をリアルにシェアする
コミュニティを作りたい

自分の心と体、生活をゆっくりと見つめ直したおかげで、〝脱成長〟というキーワードにも出会いました。

「これまでのように成長を求めなくていいんじゃないかな、と。ステイホーム中にたくさん本を読んで、現在の資本主義社会や消費社会への疑問が浮かびました。自分の幸福を追求するためのミクロな目線と、社会全体を見つめるマクロな目線の両方を持つ必要がある。うまく折り合いをつけながら、心地よい生活を見出していくことがこれからの課題です」

また、今後は、ダンサーとして得た体づくりに関する知識や、海外での買い付けで体験した出来事などを発信したいという目標もあります。
「SNSを駆使して、いわゆるインフルエンサー的に発信するのは自分にはちょっと向いていないかな、と……。直接顔を合わせて情報交換して、相手からもアドバイスをもらえる環境があったらいいなと思います。だから、発信するというよりは、体験をシェアするコミュニティを作るイメージかもしれません。自分の家がそんな場所になるのも一つの理想です」

憧れの人や、目指している自分の姿、将来達成したい具体的な夢などはあるのでしょうか。

「それが、あまりないんです(笑)。人から影響を受けたとしても、その人はわたしじゃない。自分に一番合うライフスタイルを、これからもくらしの中で模索し続けていきたいな、と思ってます」

呉本 磨衣さんイメージ
呉本 磨衣さんイメージ
KAZUSHIGE MIYAKE Everything Has A Story