Interview
#45

日本の伝統文化を学び
自分らしい「おもてなし」を
松本を愛するオランダ出身の若女将

ノエル・ライカーズさんNOËLLE RIJKERS

美ヶ原温泉 翔峰 若女将

1991年生まれ、オランダ出身。子どもの頃から日本のアニメや漫画、ゲームに親しんで育つ。空手・柔道を習い始め、日本の礼節を重んじる精神性に惹かれるようになり、16歳の時、長野県安曇野市にホームステイし、松本市の高校に留学。帰国後、オランダの大学・大学院で日本語と日本文化を研究し、2017年2月にアルピコグループに入社。系列ホテルでの接客や、インバウンド推進室での企画開発を経て、2022年4月から翔峰の若女将に就任。
https://www.hotel-shoho.jp

着物姿で日本茶をふるまう「美ヶ原温泉 翔峰」の若女将、ノエル・ライカーズさん。これまで、ロンドンのホテルや、翔峰の同系列のホテルで経験を積んできましたが、2022年4月、若女将に抜擢されました。日本の旅館の「おもてなし」は、まさに日本人の心だと語るノエルさん。その精神を体現すべく、研鑽を積む日々を送っています。オランダ出身の彼女は、そもそもなぜ日本に魅せられたのでしょうか。そして、今、見据える挑戦とは?

アニメ、柔道や空手で
魅せられた日本

ノエルさんが子どもだった頃、オランダでは日本のアニメや漫画が大人気でした。当時は、ちょうど世界中の子どもたちがポケモンに熱中していた時代です。

「アニメやカードゲームが大好きでした。より深く日本の文化について知るようになったのは、歳くらいに柔道と空手を始めてから。礼節や、道を極める精神性に興味を持って、ネットで日本の文化を調べるようになりました」

やがて関心を持ったのが、神道。日本の神話の独特さに惹かれたそうです。

「オランダはキリスト教の国なので、神様は唯一『God』しかいません。日本みたいに、石に、山に神様が宿っているという考え方は本当に不思議でした。神道は日本古来のものですから、日本に行かないと神社を見ることはできない。これは実際に行くしかないと思って、高校生の時に留学を申し込みました」

ノエル・ライカーズさんイメージ
ノエル・ライカーズさんイメージ

山に囲まれた
景色に感動

「とにかく京都に行きたかった」とノエルさんは振り返ります。京都弁の本も買い、憧れを募らせていました。

「『おいでやす』『おおきに』とか、『阪神タイガース』も載っていましたね(笑)。日本といえば京都、という思い込みもありましたし、実家が人口一万人の小さな村なので、都会に行きたいという憧れもありました」

しかし、滞在を受け入れてくれるホストファミリーとのマッチングが叶ったのは、長野県安曇野市でした。
「長野の存在すら知らなかったんです! ちょっとがっかりした気持ちもありましたが、特急あずさに乗って松本に降り立った時は、山に囲まれた景色に感動しました。オランダは山がない国なので」

当時は日本語を全く喋ることができず、留学先の高校ではコミュニケーションに苦労したそうですが、持ち前の明るさと行動力で多くのことにチャレンジしました。

「英会話クラブに入って友だちを作ったり、学校とは別に三味線を習わせてもらいました。その先生は英語が全くダメ、私も日本語が全くダメだったので、小さいポケット辞書で会話したんです。すべてが良い思い出です」

ノエル・ライカーズさんイメージ

いつか信州に帰ってきたい、
という思い

オランダに戻り、大学・大学院では社会学専攻として日本語や日本文化を学びます。論文のテーマは、大学では「ひきこもり」、大学院では「ハーフ(現在はミックス、ダブルなどの呼称も)のアイデンティティ」だったそう。

伝統文化だけでなく、現代日本の課題にも洞察があるのは、留学時代、クラスメートたちが受験のプレッシャーにさらされていたり、髪を染めてはいけないなどという厳しい校則があったりしたのを見てきたから。

「日本はこんな素晴らしい国になったのだから、今までのやり方に良い面もあったと思います。ただ、社会はだんだん変わっていくものです。日本人はこれまで、学校でも職場でも大きなプレッシャーにさらされて来たと思いますが、最近はワークライフバランスの大切さが浸透し、意識が変わってきていますよね」

現代の課題を研究してもなお、日本の人々、文化、自然がとても好きだという思いは変わらなかったというノエルさん。何よりも惹かれたのが、信州の人々の温かさでした。

「たとえば、お正月の行事・三九郎(長野の他地域では「どんど焼き」と呼ばれる)を一人で見に行った時、初めて会ったおばあさんに『これから鍋をするから食べにおいで』と、家族の食事に誘われたりするんです。東京などの大都市にはない人の温かさだと思います。松本は、まさに第二の故郷。いつか信州に帰ってきたいという気持ちが強かったです」

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「おもてなし」と
「Hospitality」の違い

大学院を卒業後、長野で仕事を探すも、なかなか見つからず一時は断念。ロンドンのホテルで働きながら、長野に旅行で訪れていた際アルピコグループの採用情報を聞き、念願叶って入社が決まります。

インバウンド推進室で体験型の観光プランの開発に従事しますが、コロナ禍に見舞われ、インバウンド需要の復調が見えませんでした。そんな中、翔峰の総支配人から「若女将をやってみないか」と提案がありました。

「国内を旅行する日本人のお客様向けに、外国人の視点で日本文化を改めてお伝えするのはどうか? というお話でした。魅力を再発見してもらうことにつながるかもしれない、と感じました」
若女将に就任したのは、2022年4月。これまでもホテルで接客経験は積んできましたが、旅館という場所は、ホテルとはまた異なる空間だと実感しています。

「観光のためにホテルに泊まる場合、メインは観光で、ホテルはあくまでも泊まる所、寝る所です。でも、旅館はこの中で楽しむ施設。お客さまは滞在中、ほぼ旅館の外に出ません。温泉、会席料理、お部屋での快適な体験などを翔峰に求めていらっしゃいます」

そんな特別な空間である旅館で、最も大切にされるのが「おもてなし」の心。ノエルさんはそれをどう解釈しているのでしょうか。

「海外にも『Hospitality』はありますが、何かサービスを提供した時に、チップや、良い口コミにつながるという期待感が滲むことが多いと思います。でも、『おもてなし』に、それは全くありません。お客さまに最高の時間をお過ごしいただきたいという純粋な思いから出る振る舞いは、まさに日本人の心だと思います」

ノエル・ライカーズさんイメージ

日本の魅力を再発見できる
新しいスタイルを

現在、ノエルさんは、細やかな立ち居振る舞いの作法を女将に学びながら、日本茶について勉強し、『茶房IPPUKU』という企画も担当しています。

「きちんと茶葉の量を測り、温度も調節して淹れるので、日本茶に親しんでいる日本人のお客様でも『こんなに美味しいなんて』とびっくりされることが多いです。魅力を再発見していただけることは本当に嬉しいですね」

学ぶことも多く忙しい毎日ですが、ワークライフバランスを大切にしているそう。まさに、現代的な価値観を体現する若女将です。

「残業は極力せず、有給もちゃんと取ります!(笑) 特に私たちは観光業ですから、自分もバカンスを楽しんで、他のホテルがどんなサービスをしているか勉強するべきですよね。いろんなものを見て、これは翔峰でもできるかも、と発見があります」

さらに、より『おもてなし』の心を身につけるために、おもてなし検定の勉強をしています。

「それを土台にして、日本人のお客様、インバウンドのお客様を問わず、自分なりのおもてなしをお届けしたいです。『茶房IPPUKU』のような新しいスタイルを、まだまだ模索中ですね」

ノエル・ライカーズさんイメージ
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