Interview
#05

〝モデル、
ヴィンテージショップオーナー〟

自分の「絶対的な幸せ」を
追い求めたい

萬波 ユカさんYUKA MANNAMI

モデル
「MAN vintage」オーナー

1991年生まれ。三重県出身。大阪で看護師として1年勤務し、2015年モデルに転身。デビューから間もなく抜擢されたFENDIのショー出演を皮切りに、一躍日本を代表するモデルに。2017年よりニューヨークへ拠点を移し、数々のブランド広告や雑誌の表紙を飾り、国内では「UNIQLO」や「い・ろ・は・す」「資生堂」などのTVCMに出演するなど、世界を舞台に多方面で活躍中。昨年より一時帰国をし、10年越しのプロジェクトだというヴィンテージショップ「MAN vintage」を2021年8月にオープン。
https://www.instagram.com/yuka/

フェンディ、ディオール、シャネル、クロエ──そうそうたるメゾンブランドのランウェイを歩き、トップモデルとして世界中から注目される萬波ユカさん。ニューヨークに拠点を置いていましたが、コロナ禍で日本に一時帰国し、ヴィンテージショップをオープンさせました。生粋の古着好きで、お店についてはライフワークだと語る萬波さん。飾らない「くらし」へのスタンスについて語ってくれました。

買い付けは、着る人を
イメージしながら

「私、初めて古着の買い付けを始めたのは学生の頃なんです。古着は、作り手の想いや大事にされてきた時間を感じられるところが魅力的。それでも自分では魅力を発揮させてあげられないな、というお洋服もあって。そんな時は、頭の中で『この子なら着てくれそう』っていう友人たちを思い浮かべながらピックしてきてたんです」

大切な誰かの姿をイメージしながらセレクトしたアイテムが並ぶ店内は、服、アクセサリー、シューズ、雑貨などでカラフルに彩られています。武蔵小山駅から徒歩10分ほど、Same Gallery(セイム ギャラリー)の中に居を構える「MAN vintage」は、まるで蚤の市が閉じ込められたガレージのよう。
「あるワンピースを買い付けた時にイメージしていた子が、つい最近来てくれました。そしたら、本当に手に取って買ってくれたんですよ。私はその子がインスタにアップしている帽子などのアイテムもチェックしていて、絶対に似合うだろうなと思っていたんです。それを彼女に話したら『まんまと買っちゃった』って言ってました(笑)」

今は、お店を取り巻くそんなやりとりがうれしく、やりがいになっていると語る萬波さん。一時は1日に何件ものオーディションに参加するというハードスケジュールに翻弄された時期もあったものの、最近では「ありがたいことに説得力があると言うか、自分が納得できるお仕事、自分が心からやりたいと思える仕事を選んでやらせていただけるようになった。」と振り返ります。

萬波 ユカさんイメージ

とにかく何か、
表現したいなと思って

生まれ育ちは、三重県の熊野古道近く。「本当に田舎の子で。だって『村』だったんですよ」と語るほどのどかな地域だったとか。転機は、看護師として病院のオペ室で働いて1年が経った時のこと。生と死を感じる現場でもあることからだんだんと「今しかできないことをしないと」という気持ちが芽生えたそうです。もともと大学時代の友人の作品撮りに参加していて、そこで知り合ったヘアメイク、フォトグラファーたちが「絶対モデルになれるよ」と背中を押してくれたことがあったそうですが、23歳という、モデル業のスタートにはすでに遅いとされる年齢だったこともあって、焦るようになったと言います。

「とにかく何か、表現したいなと思ったんです。小さい頃からバレエやピアノを習ったりはしていて、体を動かすことも、表現することも楽しく感じていました。でも周りの人たちに勧められたのはモデルという職業で、やってみたいけどどんな仕事なんだろう? 雑誌に載る? くらいの知識で。事務所を探している時にも、いずれは女優になりたいとか、お笑い系でいきたいとか、テレビに出たいとか、そういう、何をしたいのかが全くわかっていなかった。『じゃあ考えてきてもらっていい?』と言われました。当然ですよね」

当時はInstagramの影響力が強まっていた頃。どうやって事務所を探したらいいのかもわからない中で、知り合いのフォトグラファーが撮ってくれた自身の写真を投稿していたところ、それを現在の事務所のクライアントが見ており、仕事をお願いしたいからと事務所を紹介してくれたそうです。

萬波 ユカさんイメージ
萬波 ユカさんイメージ
萬波 ユカさんイメージ

自分が楽だと
周りへの優しさが生まれる

「本当に、周りに恵まれてしかいないですよ。ご縁と運です」

東京に出てきて、想像以上に早くデビューを飾った萬波さん。当時の心境を振り返って、「とにかく、なんとかなるやろ、と思ったんです」と関西弁を交えて朗らかに笑います。持ち前のポジティブさで右も左もわからない現場に飛び込み、揉まれる中で成長を重ねていったそう。

「でも、いろんなことを言われて、いろんな人の考えに触れて、ワーっと気忙しくなっていた時期もあって。モデルの仕事って比べられることが多いので、『相対的な幸せ』に捉われていたこともあります」

しかし、30歳を迎えたことを節目に心境の変化が訪れたとか。

「なんとなく心の余裕が生まれて、もっと気楽に、自分の『絶対的な幸せ』を追い求めようと思ったんです。楽するのってどうなん、ズルしてんの、っていう人もいるかもしれません。でも、自分が自然体で楽な状態でいれば、周りへの優しさ──『優しさ』って想像力だと思うんですけど──が生まれますよね。結局、周りを幸せにすることにもつながると思います」

現在も、人生を楽しむコツとして「いけるやろ」「なんとかなるやろ」という精神は大切にしているそうです。

萬波 ユカさんイメージ
萬波 ユカさんイメージ

みんなでいいものを
作りたい

第一線で活躍するモデルとして、ファッションのきらびやかな世界でくらしているイメージがある萬波さんですが、大の漫画好き、ゲーム好きという意外な側面も。漫画はずっと「紙派」だったものの、実家に1冊、大阪の家に1冊、東京の家に1冊、そして最近はニューヨークでも買いそうになり「キリがない」と電子に移行したとか。『銀河鉄道999』から、最近では『BEASTARS』にはまっていたというほど、時代もジャンルも問わず愛読。

「自粛期間中も、黙々とゲームで『バーチャル外出』してました。夜にスタートして、パッと気づいたら朝、みたいなこともあって。服に対する触れ方もそうなんですけど、多分、気質がオタクなんですよね。いや、私なんかまだまだだし、オタクの人に失礼だからオタクって言わないようにしてるんですけど……ホラーゲームも超好きで、ずっとホラー映画にお化け役で出たいって言ってるのに、ぜんぜんオファーいただけなくて。なんでだろう、PRが足りないのかな?」

さまざまな場所にアンテナを張り、固定観念を軽やかに塗り替えていく萬波さん。常に新たなことにチャレンジしているイメージがありますが、これからの将来の展望について聞いてみました。

「私は地元がすごい好きで。なんとなくなんですけど、三重と和歌山の県境のあの辺を、もっと盛り上げられないかなと思ってるんです。まだ自分のことで精一杯ですけど、もっと行動が伴ってきたら、友達も巻き込んで、自分の育ってきた地域に貢献することができたらうれしいです。でも、しばらくは、ニューヨークにまた帰って、いろんな仕事の中で揉まれてこようと思います。経験則で、『こんなもんやろ』っていう人生が嫌で。毎回違うスタッフ、クリエイターさんと出会って、そこで一から人間関係を築きながらみんなでいいものを作る、ということには喜びを感じます。そう考えると、今の仕事は天職かもしれないですね」

萬波 ユカさんイメージ
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