Interview
#10

〝DJ、プロデューサー〟
トライ&エラーを楽しみながら
くらしの中のマイベストを
探究していきたい

田中 知之さんTOMOYUKI TANAKA

FPM
DJ / プロデューサー

1966年生まれ。京都府出身。1995年にリリースされたピチカート・ファイブのアルバム『ロマンチック’96』に収録された「ジェット機のハウス」でメジャーデビュー。リミキサーとしては、FATBOY SLIM、布袋寅泰、東京スカパラダイスオーケストラ、UNICORN、くるり、サカナクションなどの作品を手掛ける。DJとして国内フェスほか、コーチェラ・フェスティバルやレディング・フェスティバルなど海外の有名フェスへの出演経験も多数。
http://www.fpmnet.com/

FPMとしての音楽活動のほかにも、日本全国をめぐるDJであり、食、ファッション、時計、車、アート、文学などへの造詣も深い田中知之さん。最近では東京2020オリンピック開会式/閉会式、パラリンピック開会式の音楽監督を務めたことでも話題になりました。日本を代表するマルチクリエイターのエネルギッシュな毎日を伺うと、そこには快適な「くらし」を生み出すための意外な着眼点が。

探求できるものが
ある幸せ

「食べずに死ねるか、聞かずに死ねるか──そんな感覚があるような気がします。人生には限りがあるし、頭と体が動くうちに少しでも知っておきたい、と思うんです」

多岐にわたる活動の源泉について、田中さんはそんな想いを教えてくれました。近年では商業施設の音楽監修も手がけており、2020年、原宿駅新駅舎内にオープンした「猿田彦珈琲 The Bridge 原宿駅店」では既成概念にとらわれない新しいチャレンジも。店内BGMの音源を2種類用意し、別々のスピーカーで、一つは鳥の鳴き声や詩の朗読などの環境音、もう一つでは楽曲を流し、店内で絶妙に音が混じり合うという演出を実現。音楽を通じて空間全体のデザインにも携わる手腕は、ジャンルの垣根を超えて多くのものを「偏愛」してきた田中さんだからこそ。

「なんにせよ、探究することが好きだと思うんです。欲望が湧いてきて、それについて調べたい、と思うジャンルがあるのはとても幸せなことですよね」

田中 知之さんイメージ
田中 知之さんイメージ

わからないから、
面白い

田中さんといえば大の「古着好き」としても知られています。そのマニアぶりは、ファッション誌で連載を持ち、何度も特集が組まれるほど。

「ヴィンテージが面白いのは、『わからない』ことだらけなんです。ググって出てくる古着っていうのは、みんなが欲しい人気の商品かもしれないんですけど、僕はそういうものにはあまり興味がなくて。誰も見たことも聞いたこともない古着に触れるのが楽しんです。なんでこんな未来を先取りするようなデザインが80年前にあったんだ、とか、わからないことだらけですよ」

ニッチな古着であればあるほど情報が少なく、その情報の少なさに好奇心を刺激されるといいます。こうした古着屋巡りにかける情熱は「考古学者が一生懸命土を掘ったりするのと同じようなもの」とのこと。

「食べ物に関しても、グルメ評価サイトに載ってないお店になんとかして行きたいと思うんです。この前は神戸で、ボートレースの場外舟券売り場の近くにあったお店を見つけました。お客さんは全員舟券を買ってるおじさんで、お店の中ではボートレースのテレビがついてる(笑)。でも、そこが一流の割烹並みの魚を仕入れて提供しているのに、大衆居酒屋の雰囲気と値段で、信じられないくらい美味しいんです。そういうお店を見つけられたら嬉しいですよね」

田中 知之さんイメージ
田中 知之さんイメージ
田中 知之さんイメージ

リモコンの設定温度こそ
「くらし」の極意?

多忙なイメージのある田中さん。その審美眼やクリエイションは、どんなくらしのルーティーンから生まれるのでしょうか? 聞いてみると、「ほんとうに、『こういう1週間です』っていうパターンがほぼないんですよね」という答えが。

「刻々と変わるし、新しい仕事も色々いただきますし、お会いする人もすごく増えました。決まったスケジュールが組めたらそれに越したことないんですけど、そういう平穏な老後を過ごせたらいいな、と思うために今無茶しているかもしれないですね。ただ、僕は定期的にファスティングをしていて、それは1年の中で期間が決まっていま す。それ以外はデタラメなんですよ。『くらし』について取材受けてるのに、すみません(笑)」

しかしそんな不規則な生活の中でも、思い至ったことがあるといいます。

「考えてみたんですけど、人が暮らすことって、自分にとってのベストを探していく作業なんじゃないのかな、と。例えば、リモコンの温度をこの設定にしてみたら快適に寝られるんじゃないのか、なんて、皆さんも考えますよね。他にも、すごく大好きなパン屋さんのパンがあって、でも買っても全種類食べきれないから冷凍しておいて、それを電子レンジで何分解凍したら美味しいか。この時間に犬の散歩に行ったら公園が混んでないから、あのベンチに座れるな、とか」

田中 知之さんイメージ

「ベスト」は自分にしか
わからない

室内の設定温度ひとつとっても、家の環境や気温、湿度に大きく左右されます。たった一つの正解があるわけではないので、何度もチャレンジを繰り返さないと、自分にとって最も「ベスト」な温度を見つけることはできません。まさに、「快適なくらしは1日にしてならず」です。

「小さなことだけど、極めて『くらし』っぽいですよね。流行とかは関係なくて、自分にしかわからないことですし」

愛車の電動自転車VanMoofで移動をするという習慣もあってか、田中さんは毎日道を選ぶ時にもこの「ベスト」を探すタイミングに立ち会っているそう。急いでいる時に、往来が激しく危ない交差点をルートに入れるかどうか。遠回りしても安全なルートを選ぶか。雨が降っている時にはどうするか。田中さんのように、毎日変わっていく状況の中で「ベスト」を選ぶということを、私たちも日常の中で無意識に行なっているかもしれせん。

「僕はめちゃくちゃ準備して、精査して、っていうのは嫌いなんですよ。でも、なんとなくふんわり試しながら、日々色々と状況が違う中で、これが自分にフィットしているマイベストだなっていうのが見つけられたらいいな、と思います」

田中 知之さんイメージ
田中 知之さんイメージ

ちょっとずつステップアップして
いくから人生は楽しい

快適なくらしは1日にしてならず、ではあるものの、コツコツとトライ&エラーを繰り返すこともまた、面白いものだと田中さんは語ります。自分にとっての「ベスト」を探す旅は、人間が成長を重ねていく中で、一生続くものです。

「いきなりベストなものを探そうとしなくていいですよ。何もかも、最初から正解に到達してしまったら面白くない。その時、その時の自分の状態に合うものを見つけて、楽しんでいくほうがいいです。成長に合わせてちょっとずつステップアップしていく姿勢でいると、ずっと長く、死ぬまで人生を楽しむことができると思います」

ベストはいきなり見出さなくてもいい。日々の失敗や気づきの積み重ねの中で、少しずつ自分と向き合いながらくらしを紡いでいく──。田中さんのお話で、これからの人生に待ち受けるたくさんの出会いが、ちょっと楽しみになったという人もいるのではないでしょうか。

田中 知之さんイメージ