Interview
#34

農村と都会を繋ぐ仕掛け人
何を食べるか、どうくらすか
「農」を紐解けば見えてくる?

井本 喜久さんYOSHIHISA IMOTO

株式会社The CAMPus BASE代表取締役

1974年生まれ、広島県出身。米農家に生まれる。東京農業大学に進学後、広告業界へ。26歳で起業。さまざまな企業のブランディングを手掛けると同時にフライドポテトとジンジャーエールの専門店「BROOKLYN RIBBON FRIES」を立ち上げる。その後、健康的な食の探求を通じて農村の暮らしに注目し、2017年に「The CAMPus」をスタート。ウェブマガジンの配信、小規模農家の育成に特化したオンラインスクールやサロンを運営するほか、現在は広島県竹原市で限界集落の再生に着手している。
https://thecampus.jp/

コロナ禍以降、都会から自然へと人々の関心が向かうようになりました。「人間という有機体には必ず自然が必要」と語るのは、The CAMPus代表の井本喜久さん。「世界を農でオモシロくする」という理念を掲げ、さまざまな事業を展開させています。井本さんによると、商いの「農業」と自給自足の「くらし」が調和して営まれている状態が「農的くらし」とのこと。一体、人は何を食べて、どうくらすべきなのか、というシンプルな問いを伺います。

カッコいい農家たちが
教えてくれたこと

2017年、井本さんは全国の面白い農家を紹介するウェブマガジンを配信するためThe CAMPusの事業をスタートさせました。The CAMPusが提唱するのは「農」という文化的価値。商いである農業と、豊かなくらしが調和している状態を指します。野菜や穀物、果物だけでなく、畜産や、田畑と密
接に関わる林業の領域もカバーして事業に取り入れています。

井本さんは「楽しそうで、カッコよくて、健康的で、儲かっている」農家を巡り、取材を重ねるうちに「コンパクト」というキーワードを見出しました。

「農地の広さのことではないんです。例えば、ある養豚家では、その地域で出た資源を回収して豚の餌にしています。さらに、廃棄される天ぷら油で走れるよう車を改造するなど、資源を循環させる工夫が至る所にありました。電気はソーラーパネルで自給し、ガスは契約せず薪をくべる生活を送っている。出荷する豚は月に三頭ほどですが、おいしい肉を全て直販するので利益率がいい。そういう、くらしと密接に結びついた生産の考え方がカッコよくて、『コンパクト』だと思ったんです」

現在は「コンパクト農ライフ塾」というスクール事業と、持続可能な生き方を模索する人々が集うコミュニティ事業「農オンラインサロン」も運営しています。

「農業をやりたい、というよりは、次なる生き方を模索している人たちが興味を持ってくれています。都会のビジネスパーソンが圧倒的に多いんですよ」

井本 喜久さんイメージ
井本 喜久さんイメージ

農業をこころざすも、
広告業界へ

もともと広島の米農家に生まれた井本さん。最初から農の世界にどっぷり浸かってきた人生に思えますが、ここまでには紆余曲折があったとか。

「うちの父親は兼業農家で、週末になると祖父母の田んぼまで農作業に行くという生活を送っていました。僕も小さい頃からずっと米作りを手伝わされていたけど、当時はすごく嫌でしたよ」

そして、ふと父と米作の収益の話になり、その金額があまりにも低かったことに子どもながら驚愕したそう。
「あんなに手間暇かけてそんだけ?食べていけないじゃん!と思いました。農業なんてマジでやりたくないと」

しかし、塾の先生に「世界では人口爆発が起きているから、これからの時代農業はすごい」「お前はヒーローになれる」と語られ、「ヒーローという言葉に弱かった(笑)」と東京農大に進学することに。

「そしたら、田舎もんだから東京出たら刺激的で面白くて、とにかく遊ぶわけですよ。で、広告会社でバイトしてたら、華やかな世界への憧れもあって、結局卒業後もその業界に入っちゃいました」

井本 喜久さんイメージ
井本 喜久さんイメージ
井本 喜久さんイメージ

食への関心に
スイッチが変わった瞬間

広告会社ではプランナーとして、数々のイベントを仕掛けます。企画力で生きていけると自信がつき、二十六歳で独立。華やかなイベントや単発の企画よりも、クライアントの意図や理念を掘り下げたブランディングの仕事に注力しました。

「自分達も何か作ってみようということで立ち上げたのが、フライドポテトとジンジャエールの専門店。最初は屋台からスタートしました。でも、そのフラッグシップショップを作ろうという最中に妻がガンになってしまって。そこから僕のスイッチがちょっと変わったんです」

なぜガンになってしまったのか、どうしたら治るのか。様々な文献に当たったりセミナーに参加したりと勉強していく中で、「食」という要因にたどり着きます。

「それまで、健康なんて僕も全然気を使ってこなかったですよ。なんならジャンクフードのお店をやっていたくらいだから。でも、健康的な食に関心を持つようになってから、都会と農村をつなぐマルシェを企画したり、農家の暮らしが面白いと取材するようになって。結局、仲間に任せたフライドポテト屋そっちのけで今に至ります(笑)」

井本 喜久さんイメージ
井本 喜久さんイメージ

都会と農村の行き来で
「ととのう」

現在は、故郷である広島県竹原市で、限界集落の再生プロジェクトにも取り組んでいます。月のうち、一週間から十日は広島に滞在するという生活。都会と農村を行き来して気づいたことがありました。

「都会では、階段があっても『なんでここエスカレーターついてないんだ』って思うじゃないですか。でも、農村で山の道なき道を歩いていて石垣の階段を見つけたら『先人たちマジでありがとう!!』ってなりますよ。都会だけで暮らしているとありがたさに気付けない。行き来するとまるでサウナと水風呂みたいな効果があって、すごく『ととのう』んです」
また、実は都会にも緑があるのだという発見もありました。

「公園で食べられる草を見つけたりするんです。自然を感じる力が備わってきた、というのかな。やっぱり人間は有機体ですから、自然と繋がることが本当に大切なんでしょう。テクノロジーが進化すればするほど、まるで振り子のような揺り戻しがあって、人間は自然を求めると思うんです。今、アウトドアブーム到来と言われていますが、あれは現代人の心の叫びだと思います。自分のくらしや食生活を見つめ直す意味でも、都会の人は農村に行ったほうがいい。都会のスーパーには年中同じものが並んでますが、本来、自然が育む農作物には旬があるわけですよ。農村で友達を作って、そこから直接買ったほうがよっぽど楽しいですよ」

井本 喜久さんイメージ
井本 喜久さんイメージ

その地域にしかない
魅力を発信するために

常に新たな道を切り開いてきた井本さん。その類まれなる行動力を支える考え方とは?

「とにかく、まずやってみることを大事にしてます。計画を練って、機が熟したらやりますっていう人はいっぱい見てきたけど、本当にやった人はほとんどいません。行動してみないと何もわからないし、行動したことで反応してくれる人たちもいますから」

限界集落の再生プロジェクトを全国に広げたい、という〝野心〟のため、竹原市への完全移住も計画中です。限界集落につきまとうネガティブなイメージを塗り替え、新たな地域の魅力を発掘していくことを目指しています。

「限界集落再生のフランチャイズじゃ意味がない。僕が見ているのは常に『人』です。その地域にしかいない人がいて、独自の魅力がある。僕らが旗印となって、『みんなもやってみようよ』と発信を続けることで、全国にリーダーが生まれるきっかけになると思います。オセロの盤面みたいに一気にガラッと変わるくらいの、『世界を農でオモシロクする』状況を目指していきたいですね」

井本 喜久さんイメージ
KAZUSHIGE MIYAKE Everything Has A Story