Interview
#12

〝400年以上続く京料理の老舗、
十五代当主〟

伝統を守りながら挑戦し続ける日々
変わり続ける時代と向き合い
瓢亭らしさを模索していきたい

髙橋 義弘さんYOSHIHIRO TAKAHASHI

京都 「南禅寺 飄亭」
十五代当主

1974年、京都府生まれ。父は瓢亭十四代当主の髙橋英一氏。東京の大学を卒業後、石川県・金沢の料亭「つる幸」で3年間修業。次いで父のもとで瓢亭の料理人としての経験を積み、2015年に代表取締役就任、十五代目当主に。2004年、NPO法人日本料理アカデミーの設立に携わり、子どもたちへの食育、世界のシェフとの交流など、国内外の両軸で日本の伝統料理の普及に尽力。
http://hyotei.co.jp

ミシュランガイドで12年連続3つ星を獲得し続けている料亭があります。京都・南禅寺の境内に建つ「瓢亭」です。日本人の食が多様化し続ける中にあっても、瓢亭は400年以上も変わらず伝統を守り続けてきました。しかし十五代目の髙橋義弘さんにお話を伺ってみると、歴史の継承は常に変革と共にあったことがわかります。私たちのくらしに欠かせない「食」について、今、髙橋さんが思うこと、そして、未来に向けて挑戦し続けていくことについて伺いました。

コロナ禍で始まった
新たな挑戦

2020年、飲食業界を襲ったコロナ禍の波は、瓢亭にも押し寄せていました。これまでのように料亭という場だけで食の提供ができなくなった中で、通信販売をスタート。新たな商品開発に着手し、クラウドファンディングにも挑戦しています。

「お店が休業という状況下で何ができるか。スタッフみんなから意見を募って、発案してもらいました。すると、ラーメンはどうだろうかという声が多かったんです。『本当においしいスープが引けたらやってみようか』というところからスタートして、商品になっていきました」

そうして誕生したのが「鯛ラーメン」。スープは、鯛の骨を干し、ていねいに煮出した極上の味に。瓢亭では年間を通じて鯛のお造りを献立としており、そのこだわりを感じる一品となりました。「鯛ラーメン」はクラウドファンディングの応援購入プロジェクトで販売されましたが、あの老舗・瓢亭がラーメンを作った、と大きな話題になっています。

ラーメンだけではありません。コロナ禍で同じく打撃を受けたのが、航空業界。その機内食メーカーの工場のために立ち上がったプロジェクトでは、他の有名シェフと並んで、髙橋さんは「和風ビーフカレー」を手掛けました。

新型コロナウイルスで、「ある種、人類が試されている」と感じたという髙橋さん。どう生き残っていくかを模索した2年間でした。

髙橋 義弘さんイメージ

伝統を守るために
接点を増やしていく

「私もまさか、自分がラーメンを作ったりカレーを作ったりするとは思いもしませんでした(笑)」
と、新しい挑戦を振り返りますが、瓢亭は伝統を守りながら、実はこれまでも変化を繰り返してきています。

「『今まではこうだったけど、こうした方がいいんじゃないか』と料理についてスタッフとは常に話をします。ですから同じように見えて、実は少しずつ味が変わっているんですよね」

瓢亭には、輸送に2日かかる食材は使わない、という決まりがあります。鯛は瀬戸内のもので、野菜は上賀茂や九条の農家から直接仕入れる京野菜。2021年は蟹の漁獲量が減ってしまたため、無理をして扱うものではないと決めたことが新たなメニューの考案にもつながりました。

京都の本店は、歴史ある建物や、室内のしつらえも含めて料理を味わってもらう伝統的なスタイル。しかし、価格帯を抑えた「朝がゆ」を夏限定で提供するなどで、新たな客層の獲得につなげています。2000年の改装工事では、正座が負担になるお客様のために足入れ式の座敷に変更。高足膳を寄せた際に足が落ちないよう、半円型にするなど工夫を凝らしています。また、2018年にオープンした東京の日比谷店はカウンターの形をとり、懐石料理への敷居を低くすることを意識しました。こうして、瓢亭は伝統を守りながら、そこに触れてもらう接点を作り続けてきたのです。

髙橋 義弘さんイメージ
髙橋 義弘さんイメージ
髙橋 義弘さんイメージ

子どもたちに知ってほしい
日本の味

接点を作る努力の一端として、髙橋さんは他の料理人と連携した食育活動にも力を入れています。家庭でも給食でも日本料理離れが進み、危機感を覚えたことがきっかけでした。

小学校5、6年生を対象に、昆布出汁、鰹出汁、お吸い物と、それぞれ工程を分けて味見をしてもらう調理実習を実施。長期休みのタイミングでは実際にお店に来てもらって、お座敷で食事をしてもらう体験の場も設けています。

「教わった当時は理解できなくても、中学生、高校生くらいになって自分が何かを作るときに『昔教わったな』と出汁を引くきっかけになるかもしれない。そのためにやっています。もうこの活動を始めて10年くらい経ちますので、大人になった子が瓢亭に来てくれることもあるんですよ」

子どもの頃に接したものがその後の人生で生きる。それは、髙橋さん自身にも経験のあることです。

「料亭の息子だからって、特別なものを食べていたわけじゃないです。でも、失敗してお客様に出せなかった『瓢亭玉子』や、炊いて残ったお粥は食べていました。そこで味わった出汁の風味などが、気づかないうちに自分の感性を育んでいたのかもしれません」

髙橋 義弘さんイメージ
髙橋 義弘さんイメージ

受け身ではなく
「食」を楽しんでほしい

おいしい、という感覚は、味だけでなく他に感じ取るもののほうが多い、というのが髙橋さんの考え方です。

料理には、使われる食材の背景や、完成までのさまざまな工程で託される想いがあります。「作り手」がそれらを提供するとしたら、「受け手」には読み取る力、感じ取る力が必要です。

「イタリアンやフレンチを食べに行くと、食材や作り方などについていろいろ説明してくれます。日本料理は、それとはサービスの仕方がちょっと違うんです。絵を鑑賞するのと同じだと私は考えていて。話を先に聞いてしまったら全てその通りに受け取ってしまいがちなので、まずはご自身の感性で味わっていただきたいな、と。私なんて、他所で食事をするときには、料理出てきたら話聞かんと先食べてたりします(笑)」

床の間の掛け軸や花など、季節ごとのしつらえもそれぞれに意味があり、五感の全てを使って「おいしい」と感じられる環境が整っているのが日本の伝統料理です。

「味だけでなく、食材の物語や、盛り付けられる器、味わう空間も含めて『文化』。それに気づかないまま食べるだけでは、やっぱり寂しいと感じますね。受け身でなく積極的に味わおうとする姿勢があると、おいしさはもっと広がっていくと思います」

髙橋 義弘さんイメージ

これからも模索していく
瓢亭 〝らしさ〟

瓢亭 〝らしさ〟とは何か? それを、髙橋さんはずっと考え続けているといいます。料理は無形で、食べたらなくなってしまうもの。先代の父・英一さんにはその代で築いたスタイルがありました。髙橋さんはそれを継承しながらも、今、この時代を生きるお客様に「瓢亭の味」と認めてもらえる料理を生み出し続けていかなければなりません。

食材の制約や、コロナ禍など、状況は刻々と変化していきます。しかし、困難は同時に、挑戦のきっかけにもなります。髙橋さんは、「新しいものが生まれるかも」という瞬間が一番わくわくするそうです。

「実際に生まれた時じゃないんです。生まれるかも、という希望がある時。ちゃんと料理になることもあれば『これはちょっとうちでは出せへんな』ということもある。これからも瓢亭らしさをずっと模索し続けていきたいです。そうやって努力しながら、これからもお客様とともに食文化を育むことができれば嬉しいです」

髙橋 義弘さんイメージ