Interview
#25

現代人にこそ知ってほしい
日本文学の魅力を発信する
イタリア人翻訳家の思い

イザベラ・
ディオニシオさんISABELLA DIONISIO

翻訳家 翻訳ディレクター

1980年、イタリアのアンコーナ出身。イタリア語・英語翻訳者および翻訳コーディネーター。ヴェネツィア大学在籍時に日本の古典文学に出会う。大学在籍中に東京外国語大学に1年の短期留学も経験。2005年に来日し、お茶の水女子大学大学院修士課程(比較社会文化学日本語日本文学コース)を修了。NHKラジオ「イザベラの古典さんぽ」や東洋経済オンラインでの連載で古典の楽しさを伝えている。著作に、東洋経済オンラインの連載を再編した『平安女子は、みんな必死で恋してた イタリア人がハマった日本の古典』。

「源氏物語」「枕草子」「更級日記」「蜻蛉日記」といった、日本の古典文学の数々。学校の授業で学んだけれど、大人になってから全く触れていない、という人も多いのでは? そんな古典文学を独自の切り口で解説し、現代の感覚で “超訳” した記事がネットで話題になりました。筆者はイタリア出身の翻訳家、イザベラ・ディオニシオさん。日本在住15年という彼女が発信する日本文学の魅力とは。また、現在のくらしや今後挑戦してみたいことを伺いました。

言語を学べば
〝感覚〟もわかる?

その地域の文化や人々の精神性を体現するのが、言葉。人間と言葉は不可分であるからこそ、掘り下げると意外な発見があります。例えば、イザベラさんの母語であるイタリア語には「女性名詞」と「男性名詞」があり、これは日本語には全くない概念です。

「面白いもので、『インターネット』などの新しい言葉が出てくると女性名詞か、男性名詞か、という振り分けがもれなくついてくるんですよ」

別の言語を習得するということは、全く新しい脳みそをもう一つ持つことだと、イザベラさんは教えてくれました。

「頭の中では常に母語で考えて、それをいちいち翻訳しているのかとよく聞かれるんです。そうではなくて、外国語を習得すると〝感覚〟も一緒ついてくるので、その言語でしか表現できないものが分かります。翻訳ではそこが悩みどころ。日本語であれば、丁寧語のニュアンスや、どこで文章を切るか、という点が難しい。全く同じ意味にはできないので、ある意味、言語を裏切らなきゃいけない部分がどうしても出てきます」

だからこそ、10人の翻訳家がいれば10通りの翻訳が生まれるのが面白いところ。それは、日本の古典文学の現代語訳にも言えることです。

「その当時の人が実際どう思っていたのか、ということは想像するしかない。だから、たくさんの現代語訳や注釈本があります。当時の感覚で読むことはできないけれど、何かしらの意味はまだ残っていて、そこに普遍性もあるのが奥深い、と思います」

イザベラ・ディオニシオさんイメージ
イザベラ・ディオニシオさんイメージ

古典と現代を
繋ぐ普遍性

イザベラさんが日本の古典文学に出会ったのは大学時代。その時に感じたのも、この普遍性でした。もともと、ギリシャ神話にハマって古代ギリシャ語やラテン語を学んでいたという生粋の文学好き。高校生の時には、吉本ばななの『キッチン』を読んで共感したといいます。

「大学では、古典から現代までの日本文学を学び、時系列でまず最初に触れたのが平安時代の古典文学。当時一緒に学んでいた同級生たちとは、『あれ読んだ?』『読んだ、光源氏サイテーだよね!』と、まるでドラマの感想を言い合うように話したことを今でも覚えています(笑)」

古典をそのまま読解するのではなく、まずは翻訳された現代語訳でストーリーに触れたというイザベラさん。

「文法読解に苦手意識がある、という人は、まずストーリーを頭に入れるのがおすすめです。私は当時、古典を読んでいて、今の自分とは着る物も住む家も全く異なる文化や、男女が顔を合わせてはならないという習慣も不思議でした。でも、全く違うからこそ、愛や嫉妬、悲しみや嬉しさという感情の普遍性がより際立ったのでしょう」

イザベラ・ディオニシオさんイメージ
イザベラ・ディオニシオさんイメージ
イザベラ・ディオニシオさんイメージ

「清少納言と
友達になれそう!」

大学卒業後、2005年に来日。大学院を経て翻訳の仕事を始め、以来、15年間日本で暮らしています。

著作『平安女子は、みんな必死で恋してた イタリア人がハマった日本の古典』の中では、「前から聞いていたからなのか、めっちゃハンサム!」(『和泉式部日記』の一部訳)や、「よそのオンナにちょっかいを出しているということは、もうあたしのところへ来ないつもりってことね?(チッ)」(『蜻蛉日記』の一部訳)といった独自の超訳を紹介。『蜻蛉日記』の作者である藤原道綱母には、「みっちゃん」という愛らしいあだ名をつけて解説しています。

「『源氏物語』の中で、光源氏と六条御息所が別れるシーンがあるのですが、その舞台になった京都の野宮神社にも行きました。紫式部はここを見ていたのだな、といつも感じるんです」

現代の感覚で古典に触れようと試みるイザベラさんの姿勢は、日本の現代人も見習いたいところ。

「でも、古典を読んでいるとたまに勘違いしてしまうんですよ。清少納言と友達になれそう! みたいな。でも、向こうは貴族で、皇族の人じゃないと見向きもしてくれないでしょう。だから一生片想いです(笑)」

イザベラ・ディオニシオさんイメージ
イザベラ・ディオニシオさんイメージ

現代人が文学に
触れるべき理由

現代人は、平安時代の人々とは全く異なるくらしを送っているわけですが、それでも昔と通じる日本人の精神性を、イザベラさんは感じるのでしょうか?

「自然を愛でる心、じゃないでしょうか。昔の人ほど自然と一体になったくらしではないにせよ、今だったらちょうど桜の季節ですから、それを見たい、感じたいと求める心は残っているように思えます。自然の美しさには敏感ですよね」

それと同時に、日本に来て気づいたのは、古典は学校で習っただけで忘れてしまい、大人になってからも触れているという人が少ないこと。

「同じ課題はイタリアにもあるのですが、日本では文学に触れることがそんなに重要視されていない感じがするんですよね……文学好きはイケてない、という雰囲気があるような気がします。でも、今はSNSでの自己PRや、自己表現を普通のビジネスパーソンも求められます。一般の人でも、文章を書いたり発表したりする機会が求められている時代なので、読み継がれてきた上質な文学に触れることは、大きな糧になるはず」

イザベラ・ディオニシオさんイメージ
イザベラ・ディオニシオさんイメージ

自分の発信をコミュニケーション
のきっかけに

イザベラさんも、日々の中で時間をやりくりし、毎日1時間か2時間は本を読む時間を持つようにしているそう。近所の公園やバーに出かけ、落ち着ける環境で本を読むことが、くらしの中の楽しみです。

社会人になってからずっと日本でくらしてきたため、日本は生活の基盤がある大切な場所。現在は産業翻訳や、プロジェクトのコーディネーション、品質管理が主な仕事ですが、文芸翻訳にこれからもっとチャレンジしてみたい、と教えてくれました。

「夢野久作のイタリア語訳がまだ出ていないので、ぜひ翻訳してみたいと思って、企画書を出しているところです。渋いですか? もともと、ちょっと仄暗い雰囲気が好きなんですよね。谷崎潤一郎とか、安部公房とか(笑)」

また、これからは発信の機会を増やしながら、古典以外にも、他の文学やカルチャーなど幅広いテーマを取り扱っていきたいそう。

「外国人だから注目してもらえる、ということはもちろんあると思います。そういうバイアスがあったとしても、文学に興味を持ってくれる一つのきっかけになってくれたら嬉しい。私が発信したことが入口になって、皆さんの間で文学に関するコミュニケーションが増えたらいいな、って思ってます」

イザベラ・ディオニシオさんイメージ
KAZUSHIGE MIYAKE Everything Has A Story