Interview
#14

〝兵庫県・豊岡から世界を目指す彫刻家〟
空想を木の温もり感じる作品に
くらしを自分らしく楽しみながら
人として健やかなアーティストでいたい

美藤 圭さんKEI BITO

彫刻家

1986年、兵庫県豊岡市生まれ。家具職人を志し、岐阜県高山市の飛騨国際工芸学園で家具のデザイン、制作を学ぶ。設計事務所、家具工房、家具メーカーでの勤務を経て、地元・豊岡に戻り、2015年「2B works」として独立。実家の納屋を改装した工房で制作活動を行なっており、市内にはギャラリーもオープン。犬の彫刻が反響を呼び、今では国外からオーダーが来るまでに。日常の中からインスピレーションを受けた、温もりのある木彫が高い評価を得ている。
http://bitokei.com

兵庫県北部に位置する豊岡市は、カバンの産地、コウノトリの保全活動で有名な街。冬は厳しい寒さが訪れ、彫刻家・美藤圭さんの工房を訪ねた1月中旬は、周辺にどっさり雪がありました。「工房の中は寒いし、ずっと座っていると体が固まっちゃうので、音楽流してノリながら彫ってるんですよ」と朗らかに教えてくれた美藤さん。家具職人志望だったという異色の彫刻家のくらしを紐解くと、毎日を楽しむためのヒントがたくさん散りばめられていました。

家具の端材を彫り始めたのが
きっかけ

「家具職人になりたいと思ったのは純粋な憧れからでした。僕らの高校時代って、ファッション雑誌に家具特集が組まれて、ミッドセンチュリーの家具などがもてはやされていた頃。そこに出てくるデザイナー、職人という人たちが格好よくて、モテるだろうなと(笑)」

この道を目指したのは、そんな、ややミーハー心のある動機でしたが、実は幼い頃から、もの作りに親しむ環境は整っていました。小学校の頃、漫画を収納するカラーボックスが欲しいと親にねだると、木材だけ渡され、これで作るようにと言われたそうです。

「市販のものはサイズが決まっていますが、自分で作れば、必要な容量は自由自在ですよね。ないものは自分で作れ、という環境で育ちました」

飛騨高山の学校に通い、そこで、家具のスケッチ、デザイン、設計、加工、販売に際しての損益計算までを学びます。彫刻を意識したのは、家具工房に就職して働いていた時のこと。椅子などの制作時に、使わない端材が出るとストーブで燃やすのですが、当時の師匠から「それが何になるのか一回考えてから捨てなさい」と教わったそうです。

木材は、山から下ろしてきた人がいて、製材所で加工され、寝かされ、市場に出て、そこでようやく家具の加工に使えるようになります。このように多くの人が携わってきた大切な資材をゴミにするのかと、美藤さんは考えるようになりました。

美藤 圭さんイメージ

「できる?」「やります」の
積み重ね

「最初はスプーンやフォークなどを作っていました。それがだんだん手遊びで人物を彫ったりするようになって」

「彫刻」を意識するようになったのは、ある人から囲炉裏で使う自在鉤(鍋や釜をかける道具で、魚の装飾が施されることが多い)を作って欲しいと言われたことがきっかけでした。

「やったことはないんですけど、『やります』と言って彫ったらそれが仕事になったという感じです」
現在、オーダーがやまないという「愛犬アート」も、元は自身が飼っていた柴犬を彫ったのがきっかけ。その作品を見た人から「私の犬も彫ってほしい」と写真付きで依頼が来たそうです。

「最初から〝彫刻家〟だった訳ではなくて、『できる?』と言われて『やります』と言ったことの積み重ねです。今〝彫刻家〟と名乗っているのは、年間に何体も彫ってきて、それで生計を立てられるようになったから。切り開いてきたというか、周りの方が認めてくれたおかげなので、運がいいのだろうな、と思いますね」

美藤 圭さんイメージ

作品に温かみが
ある理由

年に2、3回、個展のために自分自身でテーマを決めて作品を制作していきます。その合間にオーダーを受けるので、50体ほどの作品を常時手掛けている状態になるのだとか。オーダーは、台湾、カナダなど海外からの引き合いもあります。

愛犬アートになると、飼い主の方の思い入れがあまりにも強く、中には感情が昂ってしまう人も。以前、愛犬が亡くなったばかりの方が美藤さんの個展を訪れた時、大量の写真を取り出し、「見返すと辛いので、ピックアップできない」と泣きながら全てを渡されたこともあったとか。

「そういった人の気持ちを、全部を背負いきれるわけではないですけど、せっかく来てくださったこの人に何ができるだろうと考えるんです」

写真を確認していると、その方の愛犬がある服を着ている割合がとても高いことに気づきました。

「飼い主さんも、これが似合うと思って着せていて、そのワンちゃんも気に入っていたんだろうと」

結局、打ち合わせなどもなく納品することになりましたが、その服を着た愛犬の作品を見た瞬間、飼い主の方はまた泣いて喜んでくれたそうです。依頼主が言語化できないチャームポイントまでも察知して作品に仕上げていく。だから美藤さんの作品には、不思議な温かみがあるのかもしれません。

美藤 圭さんイメージ
美藤 圭さんイメージ

創作を支える
豊岡でのくらし

「慈善の心……ではないんですよね。僕はどうしても会社員生活に馴染めなくて、いろいろ悩んだんですが、彫ることで自分を調律できることがわかった。だから自分のためでもある。そういった色々な人との関わりを、面白いな、と思うんです」

故郷である兵庫県豊岡市に戻り、工房を構えて5年目。豊岡市の魅力について尋ねると、間髪入れずに「空が広い」という答えが。

「都会に行っても、飛騨高山の山際で働いていた時にも『空が狭い』と思っていました。空が見えないと落ち着かなくて。ここではずっと空が広くて、あっちからきた雲が向こうに流れていく、朝見た雲が夕方違う色に変わっている、その過程が全部見えます」

美藤さんの作品には頻繁に雲のモチーフが登場しますが、そのインスピレーションの源は生まれ育った豊岡の原風景にあったようです。

最近になって定休日を設けたものの、その日の気持ちやモチベーションを大切にし、自由に作品作りのスケジュールを引いて仕事をしています。彫刻家のシュテファン・バルケンホールに憧れ、彼が活躍する木工が盛んなドイツなど海外にも活躍の場を広げていきたいという夢はありつつ、拠点は豊岡がいいという考え方。家の周りには、行きつけの映画館、コーヒーショップ、そしてすぐに創作ができる工房があり、そこを行き来するくらしのサイクルが、今の美藤さんを支えています。

美藤 圭さんイメージ

人として健やかでいたい
アーティスト

「空想するのが好きですね。例えば浅草のギャラリーで個展をする時は、『浅草に行ったら偶然坂本龍一さんがいて、飲みに誘ってくれて、カバンに忍ばせていた彫刻を出したらそれを面白いと思ってくれて、CDのジャケットになったらすげぇよな』とか、そんなことを妄想しながら作った作品を浅草に持って行くんです(笑)」と言う美藤さん。

YouTubeの動画、映画の俳優、インスタグラムや東京で見かけたファッション、さまざまな日常のモチーフを軸に空想が膨んで作品へとつながっていきます。不思議なのは、本当に有名人が作品を見てくれていたりなど、空想がそっくりそのままではないにせよ少し違うかたちで実現することです。たくさんの空想が伏線回収されて〝美藤圭〟になっていく──そんなイメージを持っているといいます。

「僕はオーダーも受けているので、いわゆるアーティストではないのかも、そもそもアーティストってなんだろう、と思ったりもします。『彫刻とは身を削ることだ』なんていう人もいますけど、身を削ったら死んじゃうよ、と思うし……(笑)。きっと、人として健やかでいたいアーティストなんだと思います。これから作品を発表する場が増えても、それは変わらずにいたいですね」

美藤 圭さんイメージ
美藤 圭さんイメージ