Interview
#09

〝100年続くワイナリーの5代目〟
「おいしい」はどんな人にも平等
山形・上山の土地が生み出すワインを
たくさんの人たちに届けたい

岸平 典子さんNORIKO KISHIDAIRA

有限会社タケダワイナリー
代表取締役社長 兼 栽培醸造責任者

1966年、山形県生まれ。大学では農学部で応用微生物学を学ぶ。フランス国立のワイン技術者学校で4年の研修を経て帰国後、生家であるタケダワイナリーのセラーマスターに。2000年には取締役専務兼栽培・醸造責任者、そして2005年には国内では女性初の栽培・醸造責任者兼代表取締役社長に就任。山形県若手葡萄酒産地研究会、かみのやまワインの郷プロジェクトにも携わり、地域でのワイン文化の醸成にも貢献。
http://www.takeda-wine.co.jp/

今、日本のワインが世界から注目されています。その歴史は約140年ほどと言われていますが、「私はまだ黎明期だと思っています」と語るのは、1920年創業の山形県上山市にあるタケダワイナリーの岸平典子さん。2005年、父、兄からバトンを受け継ぐ形で栽培・醸造責任者兼代表取締役社長に就任し、現在も新しいワインの世界を開拓し続けています。毎年の天候や醸造の環境に大きく左右されるワイン造りの世界。地道な努力を積み重ねる醸造家は、そのくらしの中で未来に向けてどんなワインの在り方を目指しているのでしょうか?

土地と、ぶどうと、
人が産む奇跡

ワイン造りの真髄はなんと言っても、その土地が持つ個性を最大限に活かすこと。同じ醸造酒であるビールや日本酒と比べると、果物は穀物と違って足がはやいため生産地から移動させづらく、ワインの多くがぶどうの産地で醸造されているというのが大きな違いです。

「ワインは造り手や土地にまつわる色んな物語を携えています。フィリップ・パカレというボジョレーで有名な醸造家がいますが、『土地と、そこで育ったものと、そこに人が加わっての〝テロワール〟(直訳で風土、土という意味)』ということを言っていて、とても納得しました」

そう教えてくれた岸平さんは、山形県上山市で100年以上続くタケダワイナリーの5代目。フランスでワインの勉強をした20代の頃には、そのままフランスに残ることも考えたそうですが、故郷の山形に帰ろうと思ったのは、この「テロワール」の考え方があったから。

「フランスには4年いましたが、たとえ一生いてもけっきょく〝異邦人〟なんですよね。山形県上山は紛れもなく私の生まれ育った場所。そしてワインを造る上で気候条件なども揃っています。だから戻ってきたんです」

山形というと日本酒のイメージもありますが、近年ワインの産地としても注目されています。上山市で毎年開催される「山形ワインバル」は有名で、人口3万人の町に約5000人が訪れるほどに。最近では上山市で「乾杯は、かみのやま産ワインで」とワイン消費を推進する条例ができるなど、行政主導による〝追い風〟も吹いてきているそう。

岸平 典子さんイメージ
岸平 典子さんイメージ

パリのレストランで
「私の飲んでる!」

タケダワイナリーは15ヘクタールの自家農園を持ち、そこでシャルドネ、カベルネといったぶどうを自然農法で育んでいます。2008年、北海道で開催された洞爺湖サミットで同社の「ドメイヌ・タケダ キュベ・ヨシコ」が採用されて一躍話題に。2018年から始まった「日本ワイナリーアワード」では、最高5つ星を4年連続で獲得するなど高い評価を受けています。

評判は、国内だけでなく海外にも。フランスで日本人が経営するレストランが取り扱ったことで徐々に人気が広がり、今ではドイツ、イタリアからも引き合いがあるそう。

「ありがたいと思いつつ、評価には少し無頓着なところがあるかもしれません」と笑う岸平さん。何よりも嬉しいのは、自分が造ったワインで幸せなひとときを過ごしている人たちを見たり、感想を伝えられたりする瞬間です。
「パリのレストランで、フランス人のお客さんたちがうちの『サン・スフル』を飲んでたのを見て本当に嬉しかったです。お店のソムリエに『私の飲んでる!』と声をかけると『おいしいって言ってますよ』と教えてくれました」

タケダワイナリーの「サン・スフル」は特別な思い入れで誕生した銘柄だっただけに、感動もひとしおだったとか。

「日本における自然派ワインの伝道師と呼ばれる方がいて、たまたまその方のワインバーで出会ったフランスのナチュラルワインにインスピレーションを得たのが『サン・スフル』です」

岸平 典子さんイメージ
岸平 典子さんイメージ

出会いの楽しみと、
試行錯誤

そのナチュラルワインを飲んだ時、岸平さんは「デラウェアで造ったら絶対においしい」と確信。試験的に生産した2000本は、発売月のうちに完売するという人気ぶりでした。

「他の人のワインをたくさん飲んで、インスピレーションを受け取って、吸収する。その中で新しい発見があるのが本当に楽しいんです」

父である先代は、ロマネ・コンティなどいわゆる銘醸ワインも開けると必ず飲ませてくれたそうで、まさに英才教育を受けてきた岸平さん。醸造家としての仕事だけでなく、くらしの中でもワインを味わい、楽しむことが根付いています。しかし、醸造作業の繁忙期期には、あえて他のワイナリーのワインを飲まないようにしているとか。

「なんでこんなおいしいワインが造れるのだろう……と落ち込んでしまうんです(笑)。小さなワイナリーでも大手さんのものでも、それぞれに素晴らしい。うちには、うちだから造れるワインがあると信じて、試行錯誤ですね」

岸平 典子さんイメージ

垣根のない環境を
目指して

タケダワイナリーは総勢20名ほどの少数精鋭。毎朝のミーティングは、社歴も職種も関係なく意見を出し合う場になります。

「社長には意見を言いづらいでしょうけれどね(笑)。でも、楽しくてやりがいを持って働いてもらうのはもちろん、いろんな意見を言い合って最適解を見つけていく、という関係性が根付いた企業にしたい」

また、岸平さんを含む醸造担当の3名は、それぞれがタンクでワインの香りを確認し、打ち合わせで所感を伝え合って醸造の方向性を決めていくそう。香りを感じる「嗅覚閾値」は人によって異なるからです。

「時間は3倍かかりますが、一人でやるよりいいものができるという確信があります。自分で『良い!』と思って、同じところでぐるぐる回っていても発展はないし、品質も向上しないですから」

垣根のない環境を生み出していきたい、という岸平さんの思いは、自身が国内では女性初の栽培・醸造責任者兼社長になったことも影響しています。特に保守的な土地柄の山形県では、経営者の会合に行けば男性だけ、というのは当たり前。ジェンダーギャップに直面しながらも、会社の代表としても着実に実績を残してきました。

岸平 典子さんイメージ
岸平 典子さんイメージ

「おいしい」という気持ちは
みんな一緒

歴史と伝統を受け継ぎながら、新しい挑戦も続けなければなりません。例えば、近年は気候変動の影響で予測できない豪雨や台風が増え、栽培における早期の対策や、これまでにはなかった手法を取り入れるように。さらに温暖化が進めば、ぶどうの栽培品種が変わる可能性もあると言います。急速に進行する気候危機には脅威を覚えつつも、目前の事態に柔軟に対応していくことがワイナリー代表としての務め。

「今年見つけた問題は必ず来年潰そう、と決めています。今年、来年、再来年、と努力を積み上げて行った時に、きっと人の心に訴えかけるようなワインができると思います」

上山の「テロワール」も変化し続けていますが、たとえ環境が変わることがあっても受け入れ、試行錯誤を繰り返して「おいしい」を提供していく。それが岸平さんの目指す未来です。

「『おいしい』と思う気持ちはみんな一緒です。お金があるかないかも、性別も年齢も関係ない。私のワインをみんなが『おいしいね』と喜ぶ、そんな場を生み出し続けていきたいですね」

岸平 典子さんイメージ